バプテストの信仰告白

「バプテスト」という言葉が耳慣れない方も多くいらっしゃると思います。バプテストのクリスチャンが信じていることを明記いたしました。バプテスト教会がどんなところなのか、参考になれば幸いです。各項の最後には聖書の参照を記載いたしました。もし聖書をお持ちでしたらぜひお読みください。


1.聖書について

私たちは、66巻からなる聖書が原典に置いて十全逐語霊感されていることを信じる。聖書は、信仰とその実践に関する絶対的権威をもつ唯一の書であることを信じる。さらに聖書は、神・人の堕落・救いの方法・各時代における神の計画と目的を啓示しているものであることを信じる。

Ⅱテモテ3:16~17 Ⅱペテロ1:20~21

2.神について

私たちは、唯一の神を信じる。この神は万物の創造者であり、永遠・全能・全知・遍在の神であり、ご自身を三位一体すなわち、父・子(イエス・キリスト)・聖霊において現され、その本質・属性・力・栄光においては一つであって、ただ霊とまこととをもって拝されるべきお方であることを信じる。

創世記1:1 申命記6:4 マタイ3:16 マタイ28:20

3.創造について

私たちは、はじめに神は天と地をそれに満ちるものを直接に創造され、ご自身のかたちにしたがい、神と似た者として人を創造されたことを信じる。創世記のある創造の記事は寓意的、あるいは比喩的にではなく字義的に受け取るべきものであり、生物進化論を拒否する。

創世記1:1 創世記1:11 創世記1:26 ~27 創世記2:21~24 出エジプト20:11 ネヘミヤ9:6 エレミヤ10:12 ヨハネ1:3 使徒4:24 使徒17:23~26 ローマ1:20 コロサイ1:16~17 ヘブル11:3 默示録10:6

4.イエス・キリストについて

私たちは、イエス・キリストの神性と聖書に記されているように、キリストが処女からお生まれになったことを信じる。また、私たちはイエス・キリストは神の独り子であり、父と聖霊とともに共存していることを信じる。 彼は処女降誕により世に来られ苦しめられ、私たちの罪の身代わりとなって死に、葬られ、三日目にからだをもってよみがえり、昇天し、神の右の座に座しておられることを信じる。

マタイ1:18 Ⅱコリント5:21 ヨハネ1:1 Ⅰコリント15:20

5.聖霊について

私たちは、聖霊なる神を信じる。聖霊は三位一体の神の第三人格であり、世に対して、罪について、義について、裁きについて悟らせ、キリストを信じる者たちを新たに生まれさせ、彼らの内に住んで導き・教え・きよめ・助けるために働かれているお方であることを信じる 。

ヨハネ16:7~14 3:5~8 テトス3:6 ローマ8:4~5 8:9 8:11

6.人間について

私たちは、人間が神のかたちに似せて創造されたが、始祖アダムの反逆によって堕落した結果、全ての人間は生まれながら罪責を負い、同時に自らの意志の選択によっても罪を犯す者であり、生まれながらに霊的に死んだ者である。現在のままで死ぬことは永遠に地獄で呪われ、神より離れてしまうことを信じる。

創世記1:26~27 ローマ5:12 エペソ2:1~2 黙示録22:8

7.救いについて

私たちは、救いはただ神の恵みによるものであることを信じる。救いに至る条件は悔い改めと信仰である。さらに私たちは、人の魂はイエス・キリストを個人的な救い主として、また神として受け入れられるとき、救われるのであり、かつ聖霊が永遠の命を分かち与えるものであることを信じる。

エペソ2:8 ローマ3:22 ローマ3:24 ルカ13:3使徒17:30

8.救いの保証について

私たちは、なにものも真の信者を神の愛から引き離すことはできず、信者は永遠に保護されることを信じる。一度、救われた者は決して救いを失うことがないと信じる。

ローマ8:35~39 ヨハネ10:28~29

9.信者の聖化について

私たちは、信者が聖化されることは神の御旨であると信じる。聖化とは神の御旨に従い、それによって私たちが神のために聖別され、神のきよさに与る行為であり、過程であると信じる。それは新生によって始まり、一生を通じて続く漸進的なものであり、主イエス・キリストの再臨において完成されるものであると信じる。

ローマ8:29 ガラテヤ5:22 5:23 ピリピ1:6 Ⅱコリント3:18 Ⅰコリント13:10

10.教会について

私たちは、イエス・キリストによって贖われた全ての信者が、キリストをその頭とする、生きた霊の体である唯一の教会に加えられることを信じる。また、三位一体の神の御名によってバプテスマを授けられ、礼拝と奉仕と交わりのために組織された集まりである地方教会を信じる。聖書は地方教会を強調していることを信じる。これらの地方教会に対して、主の来られるときに至るまで守るべきバプテスマと主の晩餐の礼典が委ねられたこと(バプテスマは全身を水に浸す浸礼であり、それは私たちの古い性質がキリストと共に葬られ、キリストにあって新しいいのちによみがえったという内的変化の外的表現である。主の晩餐は、キリストの死を記念する象徴的儀式であり、パンはキリストの罪のない体、ぶどう酒はキリストの聖い血を示している)、ならびに神はこれらの地方教会に世界的宣教のわざを与えたものと信じる。

マタイ28:18~20 Ⅰコリント11:23~34 エペソ5:25~27 ローマ6:3~4

11.教会と国家との関係について

私たちは、各地方教会は独立かつ自治であり、聖職者階級あるいは、政治的権力によるいかなる干渉からも、自由でなくてはならないと信じる。ただし、信者は国家が神の御心に反しない限りにおいて、良き市民であるべきと信じる。

ローマ13:1~7 使徒6:1~5 マタイ22:21

12.悪魔について

私たちは、悪魔の実在を信じる。悪魔は人格を持った霊的存在であり、悪霊を用いて人間を誘惑し、神に敵対する悪しき試みる者であると信じる。

エペソ2:2 Ⅰペテロ5:8 ヨハネ8:44

13.キリストの再臨と終末について

私たちは、主イエス・キリストが千年王国前に空中再臨され、教会を天に携え上げられること、その後、教会と共に地上に再臨され千年間、この地上を義と平和とをもって治められることを信じる。未信者は千年王国後、からだをもって復活させられ、裁かれ、永遠の審判に定められること、信者は永遠の祝福に定められることを信じる。

Ⅰテサロニケ4:16~17 黙示録20:11~15