私がクリスチャンになった理由

家族の心の病にふさぎ込み死ぬことばかり考えていた日々、教会の優しさと讃美歌で癒され(70代主婦)


きっかけ

外国のおとぎ話に出てくるお方ぐらいにしか思っていなかったイエス・キリスト様を私が知る事になったきっかけは今から十二年前です。娘が心の病になり、その時の主治医の先生がクリスチャンであったため、教会へ行くことを勧められました。外出困難な娘に代わり、一度は行かねばならない…と思い、孫を連れて初めて教会の門をくぐりました。その時に迎えてくれた教会の方たちの優しさ、心に響く涙あふれる賛美は今でも忘れることはできません。それまで娘の事でふさぎ込むことが多く、孫を連れて死ぬ事ばかりを考え、辛い日々を送っていた私にとって、教会は心が洗われ、何と落ち付く場所なんだろう、もっとイエス様の事を知りたいと思うようになりました。

罪の大きさ

それからの私は、毎日曜日の礼拝に通うことが毎週の日課となり、楽しみとなりました。聖書の事は何もわからないままでしたが、牧師先生から語られる聖書のメッセージに耳を傾け、祈り悔い改めることを教えられました。私達は全ての人が罪人であり、その罪の贖(あがな)いのために神の御子であるイエス様がこの世に来られたこと。私たちを罪から救うために十字架にかかって死なれたこと。そして、三日目に復活され、今なお生きていて私達を見守ってくださっていることを知りました。イエス様が私のために…。胸が熱くなりました。今まで犯してきた罪の大きさを心から悔い改め、いつでもどこでも私のそばにいてくださるイエス様を信じて生きて行こうと決めたのです。

今の私

「何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。 ピリピ4章6節」

娘の病気がなければ、私は今でも他人(ひと)と比較し、うらやましがったり、ねたんだり、醜い人生を送っていただろうと思います。また、老後の人生を狂わせた娘を恨んでいたことでしょう。しかし、今ではその娘の症状は以前より回復し、一緒に外出したり、毎日ではないにしても食事の支度もしてくれるほどになっています。
イエス・キリスト様を信じた私には永遠のいのちが保障され、何の思い煩いもない天国での生活が約束されているのです。この喜びを一人でも多くの方に味わってほしいと思うのです。

『恐れるな。わたしはあなたとともにいる。
たじろぐな。わたしがあなたの神だから。
わたしはあなたを強め、あなたを助け、
わたしの義の右の手で、あなたを守る。』
イザヤ四十一章十節


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