挫折と転落の人生から愛を実感する人生へ(70代男性)
心の闇私は昭和十九年、東京で生まれた。翌年、日本は終戦を迎え、戦後の混乱の中、私の母はほぼ年子の五人の子育てをしていたのでさぞ大変であったことだろう。小学、中学時代は平凡に過ごしてきた私だったが、何故か心はいつも満たされなかった。それが何によるのかは分からなかった。高校生になった頃から、自分自身
心の闇私は昭和十九年、東京で生まれた。翌年、日本は終戦を迎え、戦後の混乱の中、私の母はほぼ年子の五人の子育てをしていたのでさぞ大変であったことだろう。小学、中学時代は平凡に過ごしてきた私だったが、何故か心はいつも満たされなかった。それが何によるのかは分からなかった。高校生になった頃から、自分自身
キリスト教との出会い私は茨城町の小さな農家の長女として生まれ、結婚するまでそこで暮らしました。高校、就職と水戸市内へ通ったため、近くにキリスト教会があったのを覚えています。しかし、その時は、外国の宗教が水戸にもあるのだなぁと思ったくらいでした。その後、結婚して江戸崎町へ引っ越しましたが、土地勘も
生い立ち私はフィリピンで生まれ、一ヶ月後、祖母のもとに預けられました。七歳になるまで、祖母や親戚に甘やかされて育ちました。そして、小学校にあがる時に、日本の両親のもとにやってきました。しかし、そこで私は両親からの虐待を受けましたが、このことを誰にも言うことはできず、学校だけが唯一の憩いの場所でし
私の両親私には歳の離れた兄が三人、両親は町工場を経営していました。そして家族全員がクリスチャンという家庭に生まれました。私が生まれる以前は経済的にとても厳しかったようでしたが、両親が信仰を持った頃より、神様の恵みによって、事業は安定し、私は何不自由なく恵まれた幼少期を過ごしました。しかし、父母は
キリスト教と聞いて多くの方は「外国の宗教だから自分には関係ない」と思うでしょう。私の両親はクリスチャンで小さな頃から教会で聖書の話を聞いていたので、イエスキリストが神様であることをなんとなく信じていました。しかし、周囲に教会に行っている人はおらず、私は自分がクリスチャンであることを隠していました。中
きっかけ外国のおとぎ話に出てくるお方ぐらいにしか思っていなかったイエス・キリスト様を私が知る事になったきっかけは今から十二年前です。娘が心の病になり、その時の主治医の先生がクリスチャンであったため、教会へ行くことを勧められました。外出困難な娘に代わり、一度は行かねばならない…と思い、孫を連れて初
70代主婦私の生家は、大分県別府市にあり、曹洞宗に属しておりました。両親は大変信心深く、仏壇に手を合わせる毎日でした。近くにカトリックの教会はありましたが、神父さん、ステンドグラスがきれいだなぁという印象があり、その前庭で遊んだ記憶がある程度です。長じて宗教全般に対しては、全くと言っていいほ